理想と現実。
寒い。
己の身体を抱き込むように蹲るが、全身が冷たい。
指先を曲げることすら億劫になるほど動きが鈍く、触れた二の腕は、グローブの冷たさすらも感じない程冷えていた。
膝は詰め物でもしたかのように曲がりにくく、思うように動かない。
震えも起こらない程、芯まで冷えているのだと自覚したが、これは時間が解決するのを待つしかなかった。
熱が欲しい、と思う。
だが目を開けることも、起き上がることもできなかった。
己の鼓動は確認できるので、生きていることは知っている。
だが意識ははっきりしない。
己は眠っているのか、起きているのかすらおぼつかない。
ただ寒い、冷たい、という感覚だけが、脳裏を占める。
ここはどこで、己がどういう状態であるのかを確認しなければならなかったが、身体が動くことを拒否するのだった。
じっとしていても風が身体に吹き付けることはなかったので、屋内なのだろうとぼんやり思う。
だが、とにかく寒かった。
風呂に入りたい。
熱い飲み物を飲みたい。
暖かいシーツにくるまって、ゆっくり眠りたい。
アイツはどこだ。
何故いない?
こういう時こそ、上から目線で「助けてやった」と感謝の押し売りをするチャンスであるというのに。
寒いのだ。
とても。
気配を探るが、よくわからなかった。
集中を欠いており、霞みがかった意識はしばらく戻りそうにない。
少し手を伸ばそうとするが、力は入らずひどく緩慢な動作になった。持ち上げることもできず、数センチ浮いただけでぱたりと落ちた。
弾力を返し、わずかに腕が跳ねる感覚に気付き、肌に触れる感覚は布地であることに気づいた。己はベッドに寝ているのかと、思う。身体が水平であることに気付き、シーツをかけられていることにも気づいた。
それでも、寒かった。
これでは眠れない。
気が利かない奴だと思う。
「寒い」
と、呟いたつもりであったが、言葉にはならず、わずかばかり音が漏れただけだった。
だがそれで、室内の気配が動いた。
いたのか、と、レオンは思う。
こちらへと歩み寄ってくる気配に、手を伸ばす。
今度は少し高く持ち上げることはできたが、すぐに震えて力が抜けた。
シーツの上に落ちる前に、手首から先を掴まれた。
顔を覗き込むような気配を感じ、掴まれた手を握り返して、己の方へと引き寄せる。
力を込めて握ったつもりだったが、指先が震えて全く意志通りには動かない。
指先に力を入れられないので諦め、手のひら全体で相手の手を握り込んで、再度引き寄せ己の頬に当ててみる。
…ああ、コイツもグローブをしているのだった。
邪魔だな、と思い、眉を顰める。
手を離し、指先を引っ張って、外せと促した。
「…邪魔」
「……」
今度はちゃんと言葉として発することができたが、気配は黙したまま、様子を窺っているようだった。
焦れて、己のグローブを嵌めたままの手を突き出す。
外せ、と、要求したのだった。
それはすぐに実行に移され、両手とも素手になったはいいが、ますます冷えを実感して指先を握り込む。
体温は簡単には戻って来ない。
ああもう、俺は寒いのだと、何故わからないのか。馬鹿か。
ベッドサイドに腰かけたようで、レオンの身体がわずかに傾き、スプリングが軋む音を立てた。
音のする方へ手を伸ばせば右腕に触れたので、再度手を引き、グローブを引っ張る。
レオンの意志に今度は逆らわず、男はグローブを外したようだった。
素手を取り、指を絡めてみるが体温は低い。残念ながら右腕しか差し出されなかったので、両手で掴んで、暖を取る。
それでも今のレオンよりは体温は高く暖かかったので、文句は言わない。
コイツの手、でかいな。
じわりと、触れた部分が温かい。
知らずぬくもりを求めて、男にすり寄る。
自由に口が開けば「さっさと暖めろ」と言えるのだが、今は億劫で仕方がない。
察しろ、と思う。
背を向ける形で腰かけていたらしい男が、位置を変えて横を向いたようだった。繋いだ手の指先をくすぐるように撫でられ、尚更強く握り込む。
男の体温を奪った為か、男の指先も冷たくなってきており、レオンは不満だった。
「さむい、…」
クラウド、のク、の発音ができなかった。口が上手く回らない。
己の現状の情けなさは、後で思い出したら恥ずかしい思いをするだろう程だ。思うが、仕方がない。
冷たく熱を与えなくなった男の手に用はない。
離して、位置を探る。男の腿に行きつき右手をかければ、グローブを嵌めたままの左手で掴まれた。力は入っておらず、単なる静止の役割を持つそれは、レオンにとっては拒否に等しく不快でしかない。
上半身をこちらに向けて屈み込み、覗き込んでくる気配が近い。顔がすぐそこにあるのだろうと思う。
ならば上半身はすぐそこのはずだった。
掴まれた右手をわずかに引けばすぐに離されたので、力の入らない手に渾身の力を込めて、見当をつけた位置へと伸ばす。
胸倉を掴もうとしたのだが、そこに衣服はなかった。
ひたと触れた部分が人肌に温かく、あれ?と思う。
もう脱いでるのか、話が早い、と思ったものの、相手は冷たい掌で触れられて、後ろに引いたようだった。
追いすがる体力も気力もないので、距離が出来れば右手は落ちるしかない。
シーツまでずり落ちる途中でまた左手で掴まれ、今後は引っ張られた。
「…っ?」
背中に右手を添えられ、身体を起こされた。
位置をずらすように移動させられ、力の入らない身体は為す術もなく揺られて気分が悪くなったが、後頭部を抱え込むように右手を回され、レオンの頭が落ち着いた先は男の胸元だった。
背中が、温かい。
ベッドに乗り上がった男はベッドヘッドを背もたれに、レオンを抱えるように座り直す。
レオンの身体に両腕を回して抱きかかえた。
…俺がぬいぐるみ代わりなのか、それとも男が椅子代わりなのか。
定義が不明ではあったものの、温かいのでレオンは静かに納まって、己の身体に回された男の両腕の上に、己の両腕を重ねた。
身体半分は、温かい。
ようやく目を少し開いてみるが、瞼は重く、言うことを聞かない。
室内の内装もよくわからなかった。
城内のどこかの部屋であろうことは想像がつく。
書庫に入った時に感じたように、埃臭さがあるからだ。
瞼の向こうに眩しさは感じないが、完全に暗闇ではない証拠に、先ほどまで男が腰かけていたベッドサイドの向こうに、仄かな光を感じる。ランプに火を灯しているのだろうと思ったが、確認の為にもう一度目を開くのは気力を消耗した。
敵の気配はなく、もし何かあったとしてもコイツが何とかするだろう、と思っている。
背中に体重を預けて力を抜き、体温を補充するべく触れ合う箇所に意識を向ける。
早く温まれ、と思う。
半端に与えられる熱が、物足りなかった。
震えが起こり、身体に回された男の両腕を抱きしめる。
少しずつ温まってきている証拠ではあったけれども、今度は明確に熱のない場所が寒かった。
「…さむい」
呟けば、わずかばかり力を込めて抱きしめられたが、そんなものでは足りなかった。
何を求めているのかわかっているだろうに、ムカつく、と思う。
こちらから求めてやらねばならないのか、と思うとひどく億劫だったが、この寒さから逃れられるなら背に腹は代えられぬ。
風邪を引いて寝込む事態は避けたいのだった。
レオンは男の腕の中で身を捩り、身体の向きを変えた。
正対し、男の背に手を回して抱きしめる。
抱きしめ返されなかったことが、不満だった。
寒いと言っているのだから、その体温をさっさと寄越せと思う。
背に回していた手を男の胸元へ移動させ、鎖骨から下へと滑らせれば、わずかな緊張を感じた。
唇を寄せてキスマークでもつけてやろうと思ったが、ダメだ、力が入らない。
鎖骨に歯を当て、ゆるく噛む。
肩に手を置かれ、離そうとしてくるので抗う。
何だコイツ、本当にムカつくな。
焦らしプレイに応じてやる余裕はないのだ。
気乗りはしないが、仕方がない。
喉の奥から声を絞り出す。
「は…やく、クラウド」
寒いとさっきから、言っている。
これでダメならもう、諦めて寒さに耐えるしかなかった。
「……」
「…おい…?」
何故黙っている。
普段のコイツならこれで通じるはずだったし、何らかの反応があるはずだった。
重く開きたがらない瞼をこじ開けようとわずかに開き、問い詰めようと顔を上げるが、適わなかった。
何かで目を塞がれた。布かと思ったが、確認する前に肩を押されベッドの上に倒される。
俯せにされ、肩を押さえつけられシーツに顔が埋まって、呻く。
「っ…」
最初から素直になればいいのに。
肩口から前に回り込んだ男の左手が、上着を脱がそうとする動きに逆らわず、身体を浮かせて引かれるままに上着を脱ぐ。
シャツも脱いだ方がいいのかと自ら手をかけるが、背後から体重をかけてのしかかられそれはできなかった。
シャツをまくり上げながら入り込んだ手が胸元へと這い上がって撫で、項に歯を立て噛みつかれて声が漏れる。
ようやく熱を取り戻し始めた背に這う舌が、唾液を残して冷えていく感覚に身震いし、胸を探る指先に先端を摘まれ腰が揺れた。
まだ意識は覚醒できてはいなかったが、齎される感覚は、確実にレオンの身体の熱を呼び覚ます。
己の腰に巻き付くベルトを外し、ベッドサイドへ落とす。輪郭をなぞるように尻を撫でられ、くすぐったさに腰が引けた。
自ら脱いでいくレオンを助けることもなく、手はマイペースに胸と下腹を行き来する。
時折背や腰に唇を落とし、舌でくすぐる。尻に歯を立てられ背がひきつるが、緩やかな刺激にレオンは焦れる。
こんなんじゃ、足りない。
男の手は性急さの欠片もなく、弄ばれているようで気分が悪い。
随分と余裕じゃないか。クラウドのくせに。
一切言葉を発しないのも気に食わない。
妙なプレイに付き合ってやるだけの余裕は、今のレオンにはないのだった。
腿を這う男の右手を掴んで、己のモノに触れさせる。
「もっと、…ちゃんと、やれ…ッ」
吐き出すように声を上げるが、するりと手は離れて行った。
「おい、…、っ!?」
腕を掴まれ、上半身を無理やり起こされてレオンは眩暈を覚える。
急に動かすな、体調は最悪なんだと言いたいところだったが、向きを変えられおそらく向かい合わせになったであろう所から、さらに右足を持ち上げられ、男を跨ぐように座らされたようだった。
ただでさえ平常時とは覚醒具合が違うというのに、目隠しをされている為現状把握も容易ではない。
己が両手をついている場所は、おそらく男の腹筋だった。
上半身は脱いでいるようだったが、下は着衣のままである。
モノに触れてやれば、平静そのものであり何の反応もなかった。
おい、お前ふざけるな。
ヤる気があるのかないのか、はっきりしろ。
目隠しされた布を外そうと手をかけるが、手首を掴まれ止められる。
舌打ちしてやれば、軽く吐息の漏れる音がした。
おそらく、笑ったのだ。
「…お前、ムカつく」
肯定も否定もなく、ただ腿を撫でられるだけで反応する己の身体に唇を噛む。
最初から、こちらはヤる気なのだから不可抗力だ、と言いたいが、一人で盛り上がっていても虚しいだけだ。
男の身体から退こうとするが、止められる。
両手首を掴まれて、身動きが取れなくなった。
「何なんだ?ヤらないなら、さっさと帰れ」
大分口が回るようになったな、と自己の状況を分析するだけの余裕は辛うじてあった。
ただ、まだ「自分が帰る」と言えるだけの体力は回復していないのだった。腹立たしいこと、この上ない。
相変わらず言葉を発しない男の指先が、レオンの頬を撫でる。
何だ、と問うても、答えは返ってこなかった。
頬から項へ、肩から胸へとシャツの上から撫でる掌は温かかったが、熱がない。
積極性に欠ける、というやつだった。
ヤる気がないわけではなさそうだが、積極的に動くつもりはないらしい、と、ようやく悟る。
何様だ、と思う。
平常時ならばまだ構わない。相手をするもしないもレオン次第だからだ。
今この状況で、よくもやってくれる。
下りてきた掌がまた腿から腰にかけて撫でている間に、シャツを脱ぐ。
ふざけるなよ。
その余裕をぶっ飛ばしてやる。
男の下衣を手探りで寛げるのにもたついたが静止はなく、引きずり出したモノに触れれば緩く勃ち上がる。素直に行動すればいいのにと思うと苛立った。
咥えてやろうと口を開いた所に、男の手が顎にかかり力を籠めて引き留められる。
「……」
全く、コイツが何を考えているのかわからなかった。
頭を上げれば顎にかかった指先から力が抜け、離れようとするので右手で掴んで止める。
手の形を確かめるように撫でながら指先の位置を確認し、男の視線がこちらを見ていることを確信しながら口に含んで舐め上げた。
舌を覗かせ唾液を絡め、音を立てて吸い上げてやれば、男の呼吸がわずかに乱れる。
聞き逃さなかった。
唇を離して解放してやり、唾液に塗れた指を舌で舐める。男が手を引き、舌から離れていくが構わない。
「…何だ、ヤる気はあるじゃないか」
下唇を舐める。己は恐らく笑っているに違いない。
なおも喋らない男を放置して、己の指を口に突っ込み唾液で濡らす。
身体も随分とまともに動くようになっていた。
お前のおかげだ、クラウド。
見ていればいい。
あとは勝手に、俺がやる。
前かがみになり、至近に顔を寄せるが男はただレオンの頬を撫で、唇をなぞる。
何なんだ、さっきから。
まぁ、いい。
己の指を後ろに突っ込んで、馴らす。
「ふ…っ」
息が漏れ、腰が揺れた。
指で肉を開き、濡らす。
「ん、ん…ッぁ…」
声は、男に聞こえれば良い。
できる限り小さく、控えめに。
吐息に混ぜて、音を立てて、肉を抉る。
腿に当たる男のモノは、屹立し震えていた。
ああ、安心した。
「は…っ」
挿れさせてやる。
悦べ。
指を引き抜き、男を見る。
布が邪魔で顔を見ることはできなかったが、胸元に自重を支える為に置いた左手に伝わる鼓動が、明らかに早くなっていた。
見えない視線を感じたらしい男の手が、レオンの尻を掴んで、己のモノの上へと導く。
触れる熱い感覚に、レオンの身体が小さく震えた。
入口を指で開き、先端に押し付けて、ゆっくりと腰を落とす。硬く脈打つモノをずぶずぶと飲み込む度に、擦れる肉が痛みを伝え、レオンは背を仰け反らせながら唇を噛んで耐える。
まだ、早かった。
もっと、時間をかけるべきだったがもう遅い。
カリが肉襞をかき分けて奥へと進むたびに、快感が痛みを上回る。
「あ、ふ、ッ…」
締め付けてやれば、中のモノがひくついた。
熱を生み、内部を侵食される感覚はとても、キモチイイ。
根元まで押し込まれ、内臓が押し上げられる圧迫感に震えた。
「んんっ…」
苦しい、というより、すごく、イイ。
座位だからか、と思ったが、違う。
あれ、でかい?
何と比べてかと言えば、それはもちろんクラウドのモノに比べてだ。
「……」
思わず後ろをきつく締めあげると、男が息を詰めた。
「……」
あれ、やっぱり。
…違う気がした。
「……!?」
嘘だ。
マジか?
じゃぁこれは、誰だ。
今、俺のナカに納まっている、コイツは、誰だ。
また、頬を撫でられた。
そんなに俺の顔が好きか。
…いや、目隠しをされているので、顔じゃないのか。
じゃぁ何なんだ。
コイツは、何なんだ。
男の手の先を辿って、指先で顔に触れる。
さらりと手を滑るこれは、髪か。
後頭部へ手を回すが、そこに感じるのは逆立てた髪ではなかった。
ストレートの、長い、髪。
誰だよ!
目を覆う布に手をかけるが、今度は男は引き留めなかった。
布を外して、目を開ける。
瞬いた先にいたのは、当然だがクラウドではなかった。
「……、っあ、」
銀髪碧眼の男の顔はレオンの目線と変わらぬ位置にあり、上背があることが知れた。
美形と呼んで差し支えないだろう、その造作は随分と整っていたが、弓引くように刻まれた笑みはあまり好意的なものではない。
驚愕に目を見開き反応できないレオンの髪を撫でる仕草は、丁寧だった。
「クラウドの臭いをさせて、クラウドの名を呼ぶ、お前の存在は、何だ」
「…あんた、は」
「…クラウドでなくて、残念だったな」
「っ待…ッ」
レオンの尻を持ち上げて浮かせギリギリまで抜いて、落とす。
「ッア…ッ!」
ベッドのスプリングを利用して、奥まで穿つ。
肉がぶつかる音がして、突き上げられる衝撃の大きさに、レオンが男に縋りつく。
コイツの名を、知っている。
クラウドが捜している男だった。
かつては英雄として名を馳せた男だった。
何故、ここにいる。
「あ、あ、あッ、ま、て、ァ、んッん、…ッ」
ダメだ、考えられない。
男のモノに抉られ擦られるたびに、襞がひくついて絡む。
普段刺激されない奥まで届くソレの快感は名状しがたい。
突かれるたびに声が漏れ、前立腺を容赦なく責め立てられて全身が震えた。
「は、あっぅ…んんぁ、あっ、あ、や、あ、ぁっい、ィ…ッ」
「…服を、汚されては困るな…ッ」
上がる息を抑え、男が笑う。
レオンを抱えて上半身を起こし、奥まで深々と結合して喘ぐ身体をうつ伏せにして、腰を高く抱えて、掴む。
「好きに、イけ…っ」
奥まで、一気に突き入れる。
震える身体が悦んで、男のモノを絞り上げようとするのに逆らい、内壁を蹂躙するのは気分が良かった。
「ぁん、んんっふ、ぁ、あ、あ…っ、アッぅ、も、もっ…と、ゆっくり、し…っ」
「…さぁ、聞こえ、ない、」
覆いかぶさるように抱きしめてやれば、レオンの身体は汗ばんで熱かった。
肩口に噛みついて、歯型を残してやれば高い声を一つ上げ、脱力する。
「あぅ…っ、ふ…ッ」
ひくつく肉襞の熱さは、男の欲を煽ってやまない。
自業自得だと呟いて、力の抜けた身体に追い打ちをかける。
根元まで埋め込んでやれば、ひどく興奮してレオンは悦ぶ。
何度でも、イきたければイけば良い。
「や…ッや、ま、って、あ、ぁっ、あぁ…ッァ!」
死体並の冷たさでなくなったことに、決して己は安堵したわけではない。
どうでもいい人間の一人なのだから。
汗でぬめる熱い身体を抱きしめ直し、セフィロスという名の元英雄は、束の間の熱を楽しんだ。
「…俺は何をやってるんだ…」
ベッドサイドに腰かけて、レオンは頭を抱えた。
何故セフィロスとこんなことになったんだ。
自問するが、俺がクラウドと間違えたからだ、という答えに行きつくたびに眉間の皺は深くなる。
いや、それはおかしい。
「あんたが最初から拒否していればこんなことにはならなかった」
壁に凭れて腕を組む長身の男を睨み上げるが、男は無表情に首を傾げる。
「意味がわからん」
「あんたが最初から喋ってればこんなことにはならなかった」
「お前がクラウドありきだったからだろう」
「…なら否定すれば良かっただろう!!」
「私が?」
「そうだ!!」
「お前の反応が面白かった」
「ふざけるな!!」
聞く耳持たぬと言いたげに、肩を竦める男の背中に羽根はない。
勘違いをした原因は、そこにあった。
空を飛んで助けに来る知人など、レオンには一人しかいなかった。
何故助けた。
気まぐれか。
そうだろうな。
それ以外に、理由がない。
「…助けてもらったことは、礼を言う。ありがとう、死ぬところだった」
「……」
興味なさげに一瞥をくれる男の目的が不明だった。
何故この街にいる。
何をしに来た。
害をなしに来たのなら、排除しなければならない。
しかし。
「クラウドに用があるのか?」
「私にはない」
「…あ、そう」
この男の排除は、クラウドの役目だった。
「クラウドに知らせてもいいか」
「好きにするがいい」
「……」
レオンの探るような視線に気づいた男は、壁から背を離し、扉へ向かって歩き出す。
「いつまでもここにいると思わないことだ」
「知らせても無駄ということか」
「さぁ」
男はレオンの前で立ち止まり、レオンの顎に手をかけ上向ける。
「お前はなかなか良かったと、言って良ければ好きにしろ」
「…別に構わんが、それはクラウドと対峙する前提の話だな」
どうでも良さげに語るレオンの瞳に、躊躇いや恥じらいといった感情は見えなかった。
セフィロスは僅かばかり沈黙し、瞳を細めて笑みを刻む。
「お前の反応は面白い」
「嬉しくない」
手を離せ、と払いのけたが、セフィロスは動じることなく、扉へと手をかけた。
「また会おう」
「…クラウドと会ってやればいいのでは?」
「用がない」
「……」
俺にもないだろう、とは、レオンは言わなかった。
扉が閉ざされ静寂が落ちて、レオンは後ろに倒れ込む。
ベッドのスプリングが心地良かったが、のんびりしている暇はなかった。
時計を確認し、夜明けかと思う。
さっさと家に戻って、シャワーを浴びて、少しは眠れるだろうか。
あのセフィロスが今回の件の原因であるのなら、彼が去れば城のハートレス達は大人しくなるのだろうか。
しばらく様子見か、と思い、閉じそうになる瞼を無理やり引き開けて、起き上がる。
こんなところで寝ている場合ではない。
「…帰るか…」
疲れた、と思う。
予想外に良かった、などと、思いたくはないが、反芻しそうになり慌てて脳裏から追い出す。
まぁ、悪くなかった。
命の恩人でもあることだし。
今回は黙っておいてやる。
レオンも立ち上がり、部屋を後にした。
仕事漬けの一日が、また始まる。
END
リクエストありがとうございました!