どれだけ言えば、わかってくれるの?

 強い貴方が好きです。
 優しい貴方が好きです。
 厳しい貴方が好きです。
 微笑う貴方が好きです。
 怒る貴方も好きです。
 ため息をつく貴方も、呆れる貴方も、誰からも慕われる貴方も、好きです。
 ずっと貴方の背中を見て走って来た気がします。
 真直ぐ向き合っていても、どれだけ話をしても、近くにいても、触れていてさえ、俺は貴方の背中を見ている気がしていました。
 俺より11年先を生きて、11年分の経験の差があって、大人と子供の差があって、身長の差があって、何より出会った最初が貴方にノサレテ気絶するだなんて情けないにも程があった。
 最初にあんな出会い方をしてしまったから、俺は貴方に「勝てなくなった」。
 今なら、力だけなら勝てるかもしれません。
 闘技大会で勝ったように、純粋な勝負ならば勝てるかもしれません。
 貴方より強くなることは一つの目標でした。
 それが達成できた事はとても嬉しい。
 …貴方が手加減していたのだとしても。
 …キーブレードの力があったからだとしても。
 貴方と対等に並ぶ事は、俺の目標でした。
 いつか貴方を超えて、もっともっと強くなるのだと思っていました。
 純粋な力だけならば、可能かもしれません。 

 でもどうして貴方はそんなに遠いのでしょうか。

 どれだけ強くなっても。
 貴方より強くなっても。
 貴方の事を知れば知る程、貴方に追いつく日など来ないような気がして仕方がない。
 大人になりたい。
 強くなりたい。

 貴方のように。
 貴方よりも。

 俺は、俺を見ていてくれる時の貴方が、一番好きです。
 俺の事だけを見ていてくれる貴方が、一番好きです。

 

 

 

 他 ノ モ ノ ナ ン カ 、 何 モ 見 ナ イ デ 。

 

 

 

 容赦なく降り注ぐ陽光が肌に痛い。
 熱で皮膚が焦げる音が聞こえそうな程に、今日の天気は晴天だった。
「あづい~…」
「情けないなぁ、ソラ!これくらいで根をあげるなんて」
「ドナルド、良く暑くないよな…こ~んな毛だらけなのに。…グーフィーも…暑くない…?」
「これは毛じゃなくて羽!」
「ボクも暑いのは苦手だけど、ソラ程じゃないかなぁ」
 整地された石畳が熱せられて靴にじわじわと浸透し、肉体に達する暑さが体力を奪っていくことに辟易しながら、ソラは頬を流れ落ちる汗を拭う気力もなく、大仰に嘆息した。前のめりに歩くソラの後ろを行く2匹は顔を見合わせ、やれやれと両手を上げた。
「修行が足りないぞ!」
「しっかり~ソラ。アグラバーにいた時は、平気だったのにねぇ」
 灼熱の太陽と黄金の砂に囲まれた国は、こことは比べ物にならないほど暑さという点では抜きん出ていたが、そこでのソラは至って元気に、いつも通りに振る舞っていたはずだった。
 気が抜けたわけでもあるまいし、と思い至り、ドナルドとグーフィーは再び顔を見合わせた。
「ソラ、ここでは大きな戦闘がないだろうと思って安心してるだろ~」
「えっあったり前だろ!ここはレオンがいるんだし、そうそう大変なことになんかならないよ!街もいつも通りだし。なんも変わったところなさそうだし」
 きょろきょろと周囲をおざなりに見渡して、ソラは再び俯いた。どうも重力に逆らう気力すらなくなってきたようだった。
「ソラ!もうすぐマーリン様の家に着くから、シャキっとしろ~!」
「ううぅ、おっきな声が頭に響くぅ~」
「酔っぱらいみたいだよ~ソラ」
「この程度の暑さに負けるようじゃ、そのうちノーバディにやっつけられちゃうんだからな!」
 ソラの真横で飛び跳ねながら元気づけようとするドナルドの好意は嬉しかったが、溶けそうになっている今のソラにその声は酷であった。
 我慢出来なくなり、ソラはドナルドの口元へと手を伸ばす。
「ドナルド!もうちょっと小さな声で!」
「グワッ」
 奇妙な声をあげてドナルドが仰け反り、その拍子にボタボタと服の間から何かが地面にこぼれ落ちた。
「…コレって…」
「「「あ」」」
 透明な袋に密閉された青いジェル状の液体は、前もって冷やしておけば長時間冷えた状態が続き、快適に暑い夏も乗り切れる!というキャッチフレーズで今人気の文明の利器であった。
「こんなもの一人で隠し持ってるなんて、ズルイよ~、ドナルド~」
「あわわ…」
 のんびりと間延びした声で批難するグーフィーの横で、ソラは地面に落ちた複数のそれを手に取り、無言で額に押し付けた。
「あ~~~~生き返るぅぅぅ~~」
「…ソラ…年寄りくさい…」
「うるさいぞドナルド!このヒキョーモノ!」
「ひ、ヒキョーモノ…」
 がくりと項垂れたアヒルのことなどもはや眼中にない様子で、ソラはジェル状の液体をぶにぶにと触って弄ぶ。弾力のある液体は柔らかく冷えており、脳の働きの低下した今の状態を救ってくれる神のアイテムであった。
「あー綺麗な色だなー青!…青い海!青い空!…青い…」
「青い?」
「……」
「ソラ?」
「ソラ?」
「…空は今言っただろ!違うよそうじゃなくて」
「いや、名前でしょ…」
 降り注ぐ陽光を浴びながらも真直ぐ立って、ソラは一人考え込んだ。
「どうしたの?」
「やっぱ、夏っていえば海だよな!」
「ええー!?」
 何か納得したのか大きく頷き、「マーリン様の家急ご!」と言うが早いか、2匹を置いてソラはさっさと駆け出した。
「ちょ、ソラー!?」

 今までどんなに暑い夏も、リクやカイリと海で走り回って過ごして来た。
 どんなに日に焼けたって平気だった。
 どんなに汗を流しても楽しかった。
 こんなに夏が辛いのは、きっとリクやカイリがいないせい。
 こんなに暑さが耐え難いのは、きっと俺が疲れているから。

「レオン!!海行こう!!」

 たまには遊ぼう。
 たまには、全部忘れよう。
 いつもいつも街再建の為に働いているレオンだから。
 きっと俺の気持ちもわかってくれる。 

「ソラ?突然だな」
「イイ天気だから、海行こう!」
 レオンの表情は戸惑っていたが、嫌がってはいないようだった。
「…この街に海はないぞ、ソラ」
 首を傾げて困ったように言われたが、ソラは頓着しなかった。
「トワイライトタウンでもいいよ。あ、ディスティニーアイランド行こう!俺の島!俺の故郷!海がキレイだよ!レオンにも見せてあげたい!俺とリクとカイリとティーダとセルフィとワッカの秘密基地!泳げるし、魚も捕れるし、昼寝もできるし、椰子の実、美味しいよ!」
 レオンの手を取り、行こうと促す。
 だが、レオンは動かなかった。掴まれた腕をやんわりと取りかえし、無言でソラを見下ろす。
 何か物問いた気な視線だったが、何を言いたいのかはわからなかった。
「レオン?海行かない?遊びに行こうよ」
「…ソラ、お前大丈夫か?」
「え?どういう意味?俺はいつも通り、元気だよ」
「…本当に?」
「もう!なんだよレオン!暑いから、たまには海行って遊ぼうって言ってるだけじゃん!」
 なんで俺の言いたい事わかってくれないのかな?
 俺、そんなに変な事言ってるのかな?
 そこでようやく周囲を見回す余裕が出来たソラが見たものは、怪訝な表情でソラを見つめる複数の視線だった。
 いたわるような、同情のような?
 何故そんな目を向けられるのか理解できず、ソラは離されたレオンの手を半ば縋るように再び取った。
 今度は拒絶されなかった。
「…俺、なんか変?」
「変というか」
 柳眉を顰めて見下ろしてくる蒼い瞳には、明らかな心配の色。
「…お前の故郷へは、リクと一緒に帰ると言っていなかったか?…まだ友達は見つかっていないのに、帰るのか?」
「…あ」
 一瞬で頭が、冷えた。
 何言ってるんだ、俺。
 何言っちゃったんだ、俺。
「…俺、」

 あんなにリクとカイリと一緒に帰るんだと誓ったのに。
 一年眠っていたって、リクを捜す旅を続けて来たのに。
 一緒に帰ってまた皆で幸せに暮らすんだと、思い続けて来たのに。

「俺…」
「ソラ、疲れてるんだろう。ゆっくり休め、部屋を用意させるから」
 労わりに満ちた温かいレオンの言葉が心に刺さる。
 レオンの後ろで、エアリスとシドが心配そうに見つめているのが見えた。
 俯けば、視界の端にドナルドとグーフィーの姿が。
 
 恥ずかしい。

「俺…」
 恥ずかしかった。とても。
 こんな風に心配されたくはない。
 こんな風に、労わって欲しいんじゃない。
 こんな風に優しくされたって、ちっとも嬉しくなんかなかった。

 …俺、すごく惨めだ。

「ソラ」
 頭上に落ちるレオンの声は優しい。
 優しすぎて、辛かった。
 何で怒ってくれないの。
 怒ってくれればいいのに。
 「何バカでいい加減なこと言ってるんだ」って、何で言ってくれないの。
 「お前の決意はその程度のものなのか」って、何で叱ってくれないの。
 「キーブレードの勇者なのに」って。
 「世界を救わなきゃならないのに」って。

 何で言ってくれないの、レオン。

 「ソラのバカ」って、何で言ってくれないの。
 俺ホントのバカみたい。
 こういうの、いたたまれないって言うんだよ。
 何で叱ってくれないの。
 そしてその後で、「仕方ないな」って頭を撫でてくれればそれでいいのに。
 
 何で、そうしてくれないの。

「ソラ、大丈夫か?」

 

「レオンのバカーーーー!!!」

 

 気がついたら、レオンを突き飛ばして逃げていた。
 呆然と視線だけが追ってくるのを感じたけれど、振り返る余裕などありはしなかった。

 

 俺、サイテー。

 

 

 

 

 

 「どこだここ…」
 人気のない方へと向かって闇雲に走ったせいか、居場所が分からなくなったソラは上がった息を整えながら周囲を見渡した。
 魔女より解放されてまだ日の浅いホロウバスティオンはどちらかといえば大型機械と石と木で出来た無骨な街、という印象が強かったが、今立っている場所は街から外れた小高い丘で、城壁に囲まれた街並を見渡す事ができる草原になっていた。草原と言っても石や砂が大半を占めてゴロゴロしているので、寝転んでも気持ち良さそうには見えなかったが、走ったせいで流れ落ちる汗を拭いながら草の生えている場所を選んで腰を下ろす。
 下から吹き上げるように流れてくる風が気持ちよく、ソラは大きく伸びをして上半身を後ろへ倒して寝転んだ。
 離れた場所から見る街は、たくさんの建物と煙に包まれて活気に溢れていた。
 かつて美しかった街へと戻すのだとレオン達は言った。
 再建委員会だけではなく、街の人皆が同じように望んでいる。
 街の人たちの望みはソラにもよく理解できた。
 過去幸せだったあの頃の状態へ戻して、再スタートとして踏み出すのだという気持ち。
 リクとカイリを捜して、キーブレードも何も関係なかったあの頃の状態に戻して、再スタートとして踏み出すのだという気持ち。
 全く過去と同じ気持ち、状態に戻れないことは承知していても、「そう」しないと始まらないのだという気持ちもよくわかった。
 けじめ、決別、ふんぎり、心の整理。
 レオン達は今そうやって動いていて、自分も同じように動いている。
 規模は違えど、立場は同じ。
 リクを捜して旅していることなど大前提で、それでも海に行って遊びたかった。
 何も考えずにいられる瞬間が、少しでいいから欲しかった。
 リクと一緒に島へ帰るということなど言うまでもなく当然の話で、それでもレオンと一緒にあの海で遊べたらどれだけ楽しいだろうかと思ったのだった。
 レオンとあの島で遊ぶためにはリクを先に見つけないとダメなのだと言う事を、理解していたつもりがうっかり飛んだ。

 ごめん、リク。
 うっかり、なんて、ホントありえないよな。
 
 なんであんなこと言っちゃったんだろう。
 わかっていたはずなのにな。
 海に行きたいと思ってしまったら、それしか考えられなくなってしまったんだ。
 ありえないよな、俺。
 レオン達にあんな心配そうな顔させるなんて、ダメだよな。
 傾きかけた陽光を頬に浴びながら、ソラは目を閉じた。
 両手を広げて力を抜けば、思考がぼやけて落ち着いた。
 動く気も失せ、そのまま寝てしまおうかと思い始めた矢先、自分の方へ近付いてくる足音が聞こえたが、起き上がらず視線だけ動かす。
 石と砂を踏みしめる音は静かで、向こうもソラの事は認識しているようだったが急ぐこともなくゆっくりと近付いてくるのが見えた。
 視線を空へ移し、ソラは再び目を閉じる。
 用があれば向こうから話し掛けてくるだろう。
 果たして、相手の声が落ちて来た。
「昼寝をするなら、良い場所を教えてやろうか」
「…俺にかける第一声がそれ?クラウド」
「何してるんだ?って、聞いて欲しかったのか?」
「なんで聞かないの?」
「興味ないね」
「ふーん」
「それはレオンの役目だろ」
「…うん…」
 先ほどのやり取りが思い出されて、瞬間泣きそうになったソラはクラウドに背を向けた。
 涙を堪えていたら、呼吸が苦しく心臓が痛かった。
 蹲るように身体を丸くして耐えていたが、そんなソラを気にした様子もなく、クラウドは茫洋と街を見下ろしていた。
「…あり得ないと思うが一応聞いておく」
「?」
 随分長い間クラウドは話しかける事もなくじっと佇んでいた為、存在を忘れて眠りかけていたソラは慌ててクラウドを振り返った。
 見上げる視線に気付いてクラウドはソラへと顔を向け、わずかに戸惑う様子を見せたが、はっきり言う事にしたようだった。
「レオンとケンカでもしたか」
「……!」
「…え、ホントに?」
 絶句したソラを見て、クラウドは意外な思いを隠せなかった。
 あのレオンが。
 ソラとケンカ?
 だが次の瞬間、その思いはかき消えた。

「どーしようクラウド!俺レオンに会わせる顔がないよー!!」

 うわーん!!と涙を零しながら草むらに突っ伏したソラに、驚いた。
「げ、なんで泣くんだよ…」
「レオンにバカって言っちゃったよー!!それにそれに俺…っ」
 もうダメだー!
 癇癪を起こした小さな子供のように声を上げて泣かれ、クラウドはどう対応すればいいのやらわからず、おろおろと周囲を見渡すが助けになるようなものは何もなかった。
 泣くな、と言うのは簡単だが、言って泣きやむ程度ならば最初から泣きはしないだろうと思う。
「…参ったな」
 ソラに聞こえない様に小さく呟いて、クラウドは己の額に手を当てた。
 放置して立ち去れる程薄情ではなかったので、仕方なく隣に腰を下ろし、ソラが泣き止むのを待つ事にした。
「バカって言ったくらいであの男は傷つかないし、怒りもしないだろう」
「……」
「しかもソラだし」
「……」
「子供に言われたところで痛くも痒くもないだろうし」
「子供って言うなー!!」
「逆ギレか…」
「クラウドのバカー!」
「お前に言われたくない」
「…クラウド怒ってるじゃん…」
「……怒ってない」
「大人げないなぁ…」
 袖で乱暴に涙を拭って、ソラが仰向けに寝転んだ。
 酷い顔をしている自覚があるのか、顔はクラウドから背けている為見えなかった。
「…レオンはクラウドより大人だと思うよ」
 なんとなく、ムカつく台詞だとクラウドは思った。
「…年上だからな」
「そうなのかな。クラウドと同い年だったら、レオンも大人げないのかな」
「待て。人を大人げない大人げないって…失礼だ」
「…人間、真実を言われるとムカつくらしいよ」
「……」
 黙り込んだクラウドにちらりと視線を投げて、ソラは少し笑った。
「俺もかなり大人げないことやっちゃった。あ、子供だからなって言わなくていいから!」
「…そうか」
「俺、レオンに嫌われたらどうしよう」
「それはないだろう」
「キーブレードの持ち主だから?」
 起き上がって膝を抱え込む子供は、不安そうだった。
「…それは関係ないと思うけど」
「リクやカイリのこと忘れた事なんかないのに、俺レオンに薄情な人間だと思われたくないよ」
「…なるほど」
「自分が悪いのにレオンのせいにして逃げて来ちゃったし。絶対皆呆れてる…」
 膝に額を押し付けて、ソラはますます小さくなった。
 なんと言葉をかけてやるべきかクラウドは考えるが、効果的な台詞は思いつかなかった。
 こんな時レオンならなんと言ってやるのだろうか。あの男なら何かいい言葉をかけてやれるのだろうか。
 …多分、あいつも上手い言葉なんか思いつかないはずだと思う。
 自分に似て感情表現が苦手で、多弁でもなければ多彩でもない男だから。
 そう、あいつだって、自分と同じで不器用で大人げない大人なのだ。
「軽蔑されたら、どうしよう…」
 だがレオンに夢を見ている子供に教えてやるつもりはない。
 知って幻滅するのか気にしないのか興味があるところだったが、自分はそれほど親切ではなかったし、それはおいおい自分で知ればいいことで、知らずにいられるならばそれはそれでいいと思うからだ。
「…素直に謝れば?今みたいに泣いてごめんなさいって言えば、許してくれるだろう」
「ヤダ!」
「…なんで?」
「レオンの前で泣くなんて、やだ!こんな情けない理由で泣くなんて、自分が許せないから絶対やだ!」
「レオンはダメで、俺の前では泣くのか?」
「クラウドはレオンじゃないから!いいんだよ!」
 かなり理不尽な扱いを受けている気がした。
「俺はレオンに強いって思われたい。なんでもできるって思われたい。頼れるんだって、思われたい。認めてもらいたい」
 顔を上げてまくし立てる子供の瞳は真剣で、すっかり日も傾き周囲が暗くなってもキラキラと輝く意志の強さが見て取れた。
「…クラウドはレオンにそんな風に見てもらいたいって、思わない?」
「俺?」
 不意をつかれて、口ごもった。
「…別に頼ってもらわなくて結構だ。認めてくれなくても全然構わない。そもそも、そんなものを求めるような関係じゃないし」
 俺はセフィロスを捜すことで手一杯だし、向こうは街再建で手一杯。つかず離れず、互いを利用すればそれでいい。
「何だよそれ。わかんない。別に仲悪いわけじゃないんだよな?」
「悪くはない。そうじゃなければ、ここまで来ない」
「へ?どういう…」
 怪訝な表情で問い返すソラの声を、甲高い轟音が遮った。
 何かが上空に打ち上げられて弾けて散るような、そんな音。
 呆けた様に口をあけて、ソラは次々と夜空に打ち上げられるソレを見る。
「うわ、うわ、花火だ!!」
 轟音を発しながら漆黒のキャンバスに描かれる色とりどりの花は、煌いては消えて行く。
 無数に飛び交う光の矢は、ソラの故郷でもあったものだった。
 夏が来るたび、リクとカイリと3人で観に行った。
 海に反射する光の群れが綺麗で、空も地上もすべてが光に飲み込まれるような錯覚にさえ陥いる幻想的な世界は、暑さも時間も忘れさせてくれる美しいものだった。
「始まったな…戻るぞ、ソラ。レオンが待ってる」
「え…」
 さっさと立ち上がって歩き始めたクラウドの後を追って、ソラも立ち上がった。
 花火は途絶えることなく打ち上がる。
「なんで!レオンが待ってるの!」
 ともすれば轟音にかき消される声を目一杯張り上げてソラが叫ぶと、クラウドは溜息混じりに振り返った。
「花火が打ち上がったら戻るように伝えてくれと頼まれた!」
「…なんだよ!ちゃっかりレオンに頼られてるんじゃないか!クラウドのバカ!!」
 せっかく親切にしてやったのに、ソラはかわいくないことを言う。
 …レオンはかなりの時間をソラ捜しに費やしていたことを知っていたが、教えてやった所でソラが喜ぶのはムカつくので、教えてやるのはやめにした。
「羨ましい?」
「ムーカーつーくー!!」
「そうか、戻ってレオンに叱られろ」
「うっ…」
 頼られたい、なんて思っているうちはまだまだ遠い。
 認めてもらいたい、なんて望んでいる間は相手のことが見えてない。
 それくらいのことは、「大人げない」自分にだってわかるのだとクラウドは自嘲気味に思う。
 未熟だが、ソラの真っ直ぐな気性は好ましいとは思う。
 己にはないものだから。
「あ、レオン!!」
 丘を下った先には、見知った姿。
 苦笑混じりの笑みを刷いて、レオンは腕を組んでソラ達が下りて来るのを待っていた。
「…お前に嫌われたくないといって、ソラが泣いてたぞ、レオン」
「…何で俺がソラを嫌うんだ?」
「ああああああああああクラウド!!!!何でバラすんだよぉぉーー!!」
「大人げないから」
「うわあああああ根に持ってるよこの人ッ!大人げないっ!大人げないぞ!」
 頭を抱え込んで叫ぶソラを尻目に、呆れて首を竦めてかわすクラウドの様子を見ながら、レオンは不審に眉を顰める。
「仲が良いのはいいことだが、事情がさっぱりわからんぞ」
「うわぁ知らなくていい!レオンは知らなくていいからっ!」
「嫉妬かレオン。大人げないな」
「…どこをどうすれば嫉妬、なんていう台詞が出てくるんだ…?」
 首を傾げるレオンの正面に立って、ソラは何か言われるより先に素直に頭を下げた。
「ごめんなさい!勝手に出て行って!…あと、レオンを突き飛ばして」
「ああ、それはもういい。気にするな」
「俺、リクのこと忘れたわけじゃないからね」
「ああ、誰もお前を責めたりしない」
「…うん」
 頷くソラを見ながら、クラウドは疑問に思っていたことを呟いた。
「花火って、いつのまに上げることになったんだ?」
「元々街の住民から希望は出ていた。この街に海はないからソラと海へ行くことは出来ないが、花火なら見せてやれるかと思って、とりあえず今日は試し打ち…になるんだが、ユフィが派手にやっている」
「へぇ~」
「え、俺のため…?」
 きょとんと目を見開くソラに、頷いた。
「…花火は、嫌いか?」
 窺うようにレオンに問われ、ソラは大きく首を振った。
 煌く赤。
 輝く青。
 流れる黄。
 弾ける紫。
 真っ暗な海に反射する花火は綺麗だった。
 空に広がる光の花は綺麗だった。
 リクとカイリと見た景色が今、ここに再現されている。
 青い海はないけれど。
 反射する暗い海もないけれど。
 夜空に舞う、美しい花火があった。
 レオンがいて、クラウドがいる。
 遠くから走ってくる、ドナルドやグーフィーがいる。
 幸せだった。
 とても。
「…っあーーー俺!泣いちゃうから!どう責任取ってくれるの!レオン!」
「え…」
「…レオンの前では泣かないんじゃなかったのか?ソラ」
「レオンのせいだからいいんだよ!くそーーー!」
「…何で俺…!?」
 どさくさにまぎれてレオンの腰に抱きついた。
 
 レオンは酷い。
 何でこんなに俺のことわかってくれてるんだろう。
 …なのに何で、俺のことわかってくれてないんだろう。
 変に優しいから、おかしくなりそうだった。
 突き放してくれていいのに、と思うと同時に、誰よりも優しくして欲しいと願ってしまう。
 もっと優しくして欲しいと、思ってしまう。

 俺も、レオンのことをわかれるようになるのかな。
 俺も、レオンの為になれるのかな。
 優しくなれるのかな。
 誰よりもレオンに優しくなりたかった。
 誰よりもレオンに必要とされたかった。
 誰よりも。

 俺が子供で、甘えているだけなの?

「…暑いぞ、ソラ…」
「やだ!暑いけど暑くない!」
「……」
「なんかバカらしくなってきたから、俺は帰る」
「クラウド!置いて行くな!」
「…知らん」

 クラウドみたいに、レオンに頼られたい。
 もっと。
 もっと。
 

 誰よりも。


END

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